2011年5月8日日曜日

アホ管

まったく、感情だけで生きている最低の政治家だね。
リスクってのは、ちゃんと「量的に計算」しないと意味がないのに、「可能性がある」みたいな一時の感情で行動するなんて、最低最悪。

(もちろん、浜岡原発のこと)

こういう「30年以内に○○が起きる可能性は87%」というときの数字ってのは、往々にして、「斯々の仮定を置いて計算したら、0.87という数字が出てきた」という以上の意味を持っていないのに、それをあたかも絶対的な数字だと思ってしまうところが、大馬鹿。
計算の根拠となっている個々の仮定が正しいという根拠はほとんどないことが多いし、計算過程が正しいという保証もない。(まあ、計算過程にはそれなり根拠があることもあるけれど、ある事象は『結果に影響がないだろう』と無視される項目や、結果に重要な影響を与える要素が、『測定データがないので取り込めない』などの理由で、意味のない計算になっていることはよくあることだ。)
で、「その予想が正しい確率はどのくらいあるの?」といえば、『かつて地震予測が当たったことは殆どない』という事実を踏まえれば、87%という数字にほとんど意味がないことがわかるだろう。

極端な話、
1.「30年以内に○○が起きる可能性は0%」
2.「30年以内に○○が起きる可能性は1%」
3.「30年以内に○○が起きる可能性は2%」
...
100.「30年以内に○○が起きる可能性は99%」
101.「30年以内に○○が起きる可能性は100%」
と101個の予想があるときに、『88番目の予想が当たる可能性が一番高い』という程度のことを言う場合にも、「30年以内に○○が起きる可能性は87%」という表現をすることがある。この予想が正しい可能性がせいぜい2%くらいしかなかったとしても、「30年以内に○○が起きる可能性は87%」という主張は一概に間違いではない。


まあ、アホ管が30年以内に死ぬ確率は90%より大きいと思うが、だからすぐに政治家を辞めるわけでもなかろうに。

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